外の騒ぎは程なくしてIXIONの中にも伝染した。
一足先にジャックとアーミーから情報を得たエレクトロは自分のできる範囲で出来るだけの事はしたつもりだ。
後は自分が何とか逃げ切れる事が出来れば…
壁の外側へ、出来るだけ遠くに。
まだ幼い子供には波長を合わせてやり、外へと誘導する。
一人で逃げる事は困難かもしれないが、ここで犬死にするよりも生き延びる確率は格段に上がるはずだ。
此処で死ぬ事が幸せなど、微塵も思わない。
どんなに苦しくとも、生きる喜びがどこかにある筈だ。
それが例え、自分のエゴだとしても…それでも、幼い子供達に多くの選択肢を残してやりたい。
ここで、残り全ての選択肢を絶ってしまうことが、決して最善でないと信じたい。

(みんな…みんな、どうか無事で…)

『生きていれば、いつか必ず会えるから…!』

そう、言い聞かせた。
エレクトロに未来予知の力は無い。
なんの確証も無い言葉だ。

しかし、エレクトロは不安そうな光を宿す瞳の子供たちにそう言い聞かせざるを得なかった。
目指すもの…光が無ければ人は前に進めない。
それはエレクトロ自身の希望でもあった。

それにしても、研究所の人間は一体何をしているのか。
この騒ぎになって、何の動きも見せない。
子供たちを見捨てたのか…
真相はわからないが、元々この施設の人間には暖かみが無かったから大方当たっているのではないのかと思う。
(子供たちに散々酷い事をしておいて、結局はこれか…)
唇を噛み、壁に拳を叩きつける。
元より信用している訳では無かった。
こういう事態に於いて子供たちの為に働きかけようという者が居たとしたのなら、ここはもう少しまともな場所だったかもしれない。
エレクトロ自身、信用はしていなかったが、こんなに悔しいということは少しでも希望を持っていたということだ。
それが更に悔しかった。






「…み…みんなどこにいっちゃったの?」

心臓が跳ね上がる。
慌てて声のした方向へ振り返ると、ベッドの陰から少年が顔を出した。
「ぐ…グラ…!」
グラ、と呼ばれた少年…グラビティはおどおどと辺りを見回すと不安そうに同じ問いを繰り返す。
「み、みんなは?」
「みんなはって…みんな外に逃げたんだよ。グラはどうして逃げなかったの?」
「え…なんでだろ…わ、わかんない…」
グラビティがベッドの陰からおずおずと姿を現す。
身体を小さく丸め、グラビティは頭を下げた。
「ご、ごめんなさい…」
「謝らなくていいんだよ、僕のテレパス、届かなかったのかな?」
グラビティは人より知能が少し遅れている。
言葉も上手く紡げず、喋り方がたどたどしい。
自分よりも三つ年下なのだが、それ以上に彼の精神年齢は低いのだろう。 彼もかなり強い能力の持ち主なのだが、使い方がよく解らず、自分自身が特殊能力を持っている、という意識はなかった。 争い事と大きな声が嫌いで、エレクトロは出来るだけ優しい声で話しかける。
「ううん…うーん…」
頭を抱え、グラビティは答えに詰まった。
『悪い事をしてしまった』そう思ったのだろう。
エレクトロの気持ちを敏感に感じ取ったグラビティは一生懸命言い訳を考えているのだ。
どんっ、という衝撃音が部屋に響く。
グラビティが驚いて跳ね上がった。
エレクトロも扉を振り返る。
「な、なに…?」
侵入者が、扉の向こうに居る。
グラビティに説明している暇はなさそうだ。
エレクトロは怯えるグラビティの肩に優しく両手を置いた。
「グラ、時間が無い。悪い人たちがたくさんこの国に来たんだ。ドアの向こうにいるひとたちもそうだよ。みんなを殺そうとしてる」
「だ、だめだよ、それはいけないことじゃないの?」
「そう…いけないことだね…でもね、きっとそう言ってもだめなんだ。だから、グラ。逃げなくちゃいけない。みんなももう逃げたから…だから君も…」
「え、エレクトロは?」
「僕は…うん、僕もグラが無事に逃げられたら逃げるよ」
「いっしょににげようよ、こわいよ…ひとりじゃむりだよ…」
「グラ…」
グラビティは俯いたまま、黙り込んでしまった。
耳障りな扉を破ろうとする音だけが部屋に残る。
こうなってしまったグラビティを動かす事は難しい。
グラビティは素直で聞き分けの良い子だが、一度こうだというと決して譲らない頑固だ。
同じルームのアーミーもそうだが、自分の考えを曲げられない性格なのだ。
そうしている間にも、扉は軋み今にも壊れそうな音をたてる。
エレクトロは焦りを見せるが、グラビティは俯いたままだ。
エレクトロにはまだ逃げられない理由がある。
一人ならばこの侵入者をかい潜りながらこの施設を進むことが出来る自信があったが、グラビティを連れて行くとなるとリスクが高い。
加えてグラビティを危険に晒す事に成り兼ねない。
それならばきちんとグラビティが逃げた事を確認してから単独行動に移ったほうが得策である。
(…どうすれば…!)
テレポートは飽くまで自分自身の転送しか出来ない。
元より同時に行ったとして同じ場所に行き着くとは限らないのだ。
但し、グラビティにそれを伝えたとしても理解して貰えるのか…

扉が最後の悲鳴を上げ始める。
(このままじゃ…)

何の判断もつかないまま、侵入を許すのか…エレクトロが唇を噛み締める。
こういう場合…ジャックならどう判断する?
グラビティを見捨てて己の任務を優先するのか…
それとも、殴ってでも言う事を聞かせるのか…
もっと上手く説得出来るのかも知れない…
自分の能力不足が歯痒かった。

   




   
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