「あれは”月”だ」 突如、背後から声をかけられアーミーは固まった。 ゆっくりと振り返ると、ジャックが座ってアーミーと同じように窓の外を見ている。 マスクはつけたままだ。 「勝手に読むなよ」 よく知った声にさえ驚いてしまった恥ずかしさと心を読まれた事にアーミーはむっとした表情でジャックを睨んだ。 「ここから40万kmも離れた所に月はある。空気が清浄なら、カナンからも見えた筈だ」 「ふぅん…」 そうだ ここはカナンではない。 カナンは…俺達は、カナンの外にいる。 その現実に気付き、急に足場が不安定になった様な気がしてアーミーは一度唇を結んだ。 「な…なぁ、ジャック…ここ、どこだ…?」 「さあ」 窓から視線を外さないまま、ジャックは短く答える。 「あのなあ!」 「こんな夜更けに…情報が少な過ぎる。それに、テレポート時のお前のイメージは滅茶苦茶だったし、それに同調【シンクロ】して同じ場所に辿り着けた事が奇蹟だ」 的確な意見にアーミーは口を紡ぐしかない。 確かに、外の事など何も知らないアーミーが外へ脱出できた事だけでも奇蹟だ。 ジャックならある程度、外の情報も持っているが流石にアーミーの意識と同調した状態で安全な場所へテレポートできたのは奇蹟としか言いようがなかった。 下手をすれば身体の一部をどこかへ置いてきても不思議ではない…もしかしたら身体全部がバラバラになってしまう可能性もある。 兎も角、無事にあのカナンから逃げ出せた事が第一ステップだ。 今、自分たちが何処にいるのか…それを把握する必要はあるが、まずは落ち着いて情報を整理する事から始めないと何があるか解らない。 今居る場所さえ、安全かどうかなどアーミーには解らないのだ。 その点、ジャックはアーミーが寝ている間にこの場所の安全だけは確認した。 だからこそアーミーを床に、ではあるが寝かせておく事ができたし、自分もこうして腰を落ち着けていられる。 次のステップはどう動けば一番安全か…尚且つ、正確に現在の情報を掴めるのか… 「じゃあ、どうすんだよ」 「それを今、考えてる」 今のうちに動いておけば人と接触するリスクは低いのかもしれない。 せめて、此処がどこなのかだけでも掴んでおきたい。 再び訪れる静寂。 ジャックのだんまりに少しの間、アーミーは付き合っていたが元々落ち着きの無い性格だ。 考えるのも苦手だし、ここが何処なのかはこの際、どうだっていい様な気がした。 大体、考えていたって解らないものは解らない。 ジャックの様に慎重に考える事も大事かもしれないが… 「なあ、ジャック」 「………」 一人ならどうとでも動けるが、アーミーを伴っている為に更に慎重になっているジャックは決断し兼ねていた。 このまま外に出て、本当に安全なのか…何処かに危険なものは潜んでいないか… 今までの経験の中から、情報を引き出す。 …とはいえ、殆どが戦地へ送り出されていたジャックの中にこんな静かな場所のデータは皆無に等しかった。 「………あー………」 完全に飽きてしまったアーミーは、面倒臭そうに額を掻いた。 「外に出てみなきゃ解んないって!」 そう言うなり、すっくと立ち上がり、足元に転がったヘルメットを被る。 思案を巡らしていたジャックは唐突に立ち上がるアーミーに意識を遮断され、顔を上げた。 「…何を言って…」 目を丸くするジャックににやっと笑ってアーミーは踵を返した。 「だから、外に出てみようぜ」 ジャックが唖然としているうちに、アーミーはさっさと扉へ駆け出す。 「馬鹿…!何考えてるんだ!」 慌ててジャックが立ち上がる。 アーミーは既に扉を開け放ち、顔を覗かせて手を振った。 「早くしろよ、置いてくぞ!」 何が起こるか解らない。 しかし、何もしなければ始まらない。 全く、怖いもの知らずめ… それは、アーミーがまだ何も知らぬ子供だからであり それもまた、アーミーの凄い所なのかも知れない ジャックは驚き半分、呆れ半分にアーミーを追い駆けた。 何が起こるか解らない。 しかし、行動を起こさねば何も先に進まぬ。 まるでアーミーに背中を押されたかのように、ジャックは走った。 「ジャック!」 外へ駆け出したアーミーは空を見上げて興奮気味に手を振る。 見慣れない建造物の群れの隙間から覗く、星々…大きな、月。 アーミーは見た事の無い光景に胸を躍らせた。 アーミーに追いついたジャックはまず、アーミーの頭をヘルメット越しに軽く殴った。 「…ってぇ…」 「馬鹿野郎。走る前に何をしたいのかはっきり言え」 ヘルメットを擦りながら、アーミーは口を尖らせた。 「だって、言ったってジャックは聞かねぇだろ」 「まぁ…」 確かに。 「なあ、それよりすげえ!空がきらきらしてる!!」 「ああ…星だな」 「で。でっかいほうが月、だよな」 「そうだ」 空気が澄んでる。 カナンではありえない事を、今アーミーは体験していた。 淀んだ空気のカナンでは、マスク無しで夜空を見上げる事などまずできない。 それ以前の問題で、見上げる空は常に薄雲が張っていて星や月など見えない。 施設内の空気は綺麗だったが、それとは違う、新鮮な空気。 アーミーは思いっきり深呼吸をしてみた。 「ジャック、マスク無しでも全然平気だぞ。空気が美味い!」 「ああ、良かったな。もっと静かにしろ」 「ジャックもマスク外せよ。全然平気だって」 その言葉にジャックは緩く首を振る。 「俺はいいんだ」 俺は… >>next |