堕ちて行く 堕ちて行く 悲しみの園へ 死の淵の楽園 進む事も出来ず 戻る事も許されず 燃える様な 緋 凍りそうな 夜 這いずりながら辿り着いた母胎 貴方は 僕を 愛してくれますか ? 見渡す限り深淵なる闇だ。 右も左も、上下さえ解らない。 唯、ひたすらに闇が広がっていた。 ここは、何処だ? 時空を自由に渡り歩く魔女の末裔は真っ直ぐ前を見据え歩いていた。 目的は無い。 気付けばこの闇に引き摺られていた。 魔女の末裔自身、何時からこの空間に捉われ、何時から歩き続けていたのか それすら解らない。 此処に来る前の記憶も無い。 記憶を失った訳ではなく、記憶を覆われてしまった様な感覚… しかし、魔女の末裔にとってそんなものはどうでも良かった。 過去に固執する事はない。 全ては今、現在という時間が自分にとって有意義かどうか ただそれだけが重要だった。 さて、この【時間】は果たして自分にとって何を齎すのか。 暫く歩くと声が聞こえた。 正確には、音、か。 静寂が耳を劈くこの空間で、初めて聴いた音。 魔女の末裔はその音が聞こえた方へ何の躊躇いも無く方向を変える。 恐怖感とは縁遠い。 この暗闇に何が存在するのか。 潜む悪夢か、闇の使者か、はたまた混沌の王か。 しかし、例え何が出てこようとも魔女の末裔には同じ事だ。 怖いと思う事も無ければ、興味を惹かれる事も無い。 音の聞こえた方向に歩き出してからどれくらいの時が流れたのだろう。 否、ここには時間など存在しない。 距離感すら関係無い。 空間を縛る【数値】というものがここには存在しないのだ。 ただ解る事は魔女の末裔が【飽きてきた】ということくらいか。 幾ら歩いたところで何も出てこない。 怪物くらい出て来てもいいだろう。しかし、闇は闇しか生み出さず、その先もまた闇。 これは これはもしや、時空の狭間に陥ったか。 時空と時空の狭間には、何もない世界が存在すると聞いている。 迷い込んだが最後、出る事は決して出来ないと。 それもまた良いか。 どうせ、既に永い時を経ている。こんな所で生きるつもりはない。このまま自ら命を断つのもまた良いだろう。 そう考えると、魔女の末裔の口元には自然と笑みが生まれた。 片方の口角を持ち上げ、にやりと笑う。 ぞっとする様な綺麗な顔に歪んだ微笑みが浮かび、一層美しく映えた。 この暗闇の中、一人息絶える感覚は己にどんな快楽を齎すのだろう。 噎せ返る様な【死】の甘美なる香に誘われながら魔女の末裔は闇の奥の闇を見る。 まるでその先に己の【死】が無いか探すかの様に。 眼を細め、息を潜め、その先を見据える。 不意に、気配が動いた。 静から動のシフトチェンジにも魔女の末裔は柔軟に対応し、緩い動作でほんの少し右手へ逃れる。 音は無い。 そもそも物質的な感覚があるかも解らない。 しかし、【それ】は確実に己を狙った。 右手を軽く振り翳すと、掌に杖が納まる。 どうやら、魔力・物質制限はされていない様だ。 気配の方向へ視線を寄越すと、影は消えていた。 気配が動く様子も無い。 殺されても構わないが、訳の解らないままでは納得がいかない。 どうせ死ぬのならば、己が誰に、どうやって殺されるのか…己の最後の心臓の音まで、それくらいは知りたい。 瞼を伏せる。 変わらない闇が広がる。 意識を広げ、待つ。 気配が動き、己に降り懸かる瞬間。 想像する。 己の血か、相手の血がこの暗闇に咲く瞬間。 動いた。 咄嗟に己の丈程もある杖を構える。 杖には魔力を具現化する為に特別な宝石が幾つか嵌められているが、光の欠片すらも落ちぬここでは全く解らない。 迷い無く左の腰辺りに翳すと何かがぶつかった。 それは直ぐに離れ、今度は首筋に向かって襲ってくる。 それも杖で軽くいなすと、影は軽いステップで二、三歩離れた。 今の感覚で行けば人間か…若しくは人の形に近いもの。 魔女の末裔は目を細めた。 この、影の存在に少し興味を惹かれたのだ。 気配を探りながら、杖を正面に構える。 闇が支配するこの場所に有効かは解らないが… 半分、発動しないことを前提に杖を持つ手に力を込める。 口の中で決められた呪文を小さく生み出す。 腕を伝って己のエネルギーが杖の先に付いた宝石に込められていく感覚。 それはほんの一瞬の事で、杖の先に光が灯る。 光の魔法が発動した。 闇を一瞬にして侵食した光は魔女の末裔を中心に辺りを照らす。広範囲ではないが、強い光に少し目を細めると、影は形を得た。 少年 まだ十にも満たぬ様に見える少年は、光を厭い両手で顔を覆っている。 光の灯る杖の先を少年に向けたまま、魔女の末裔はそろりと近づいた。 その気配に気付き、顔を両手で覆ったまま少年は素早く後退り間合いを取る。 「そんなに警戒しなくても、別に危害を加えるつもりはない」 魔女の末裔の美しい形の唇から美しい声色が発せられる。 しかし、幾ら無害を語った所でなんら信憑性は無く、当然少年は警戒心を剥き出しにしたまま顔から片手を離しナイフを握った。 眩しそうに指の隙間から瞳が覗く。 よく晴れた日の天高い空を映したような綺麗な青い瞳… 強い、瞳だ。 綺麗な色が光を受けて映える。 殺意を抱いたその瞳にも物怖じせず、魔女の末裔は楽しそうに笑った。 「こんな所で何をしている?」 「うるさい、でていけ」 抑揚の無い声が凛と壊れた闇に響く。 突き付けられたナイフに反射した光が闇の何処かへ消えていった。 「出ていけ、と言われても出口が解らない」 魔女の末裔は困ったように笑うと緩く首を振る。 おどけた様子に少年はあからさまな敵意を剥き出しにし、眉間の皺を更に深く刻んだ。 「ばかにしてるのか」 「馬鹿になんかしていない。事実、出たくても出られない。どうやって入ったのかも解らない」 ふと辺りを見渡し、溜息を吐いた。 光の行き届く範囲の先は闇に次ぐ闇だ。 「参った」 心にも無い事を溜息混じりに呟き、視線を戻す。 相変わらず全てを撥ねつける様な視線は魔女の末裔を睨め付けている。 そんな事はお構い無しに魔女の末裔は構えた杖を下ろし、少年に問い掛けふっと微笑んだ。 「なあ、ここは何処なんだ?」 此処は何処だ この少年は何者だ 一体此処で何をしている 溢れ出る好奇心。 魔女の末裔は今、久しぶりに感じる【興味】に少し胸を弾ませていた。 もう、たった一人で生きていてどれくらいの時が経過したのだろう。 孤独を不幸だと思ったことはないが、退屈過ぎる。 少年の俊敏さ、判断力…一体何人の人間を手にかけてきたのか。 自分も、普通の人間なら痛みも苦しみも味わう事なく殺されていたかもしれない。 さあ、この【少年】は自分に何を齎す。 少年の唇が開く。 抑揚の無い声が告げる。 「ここは、」 ふっと光が掻き消される。 空間が闇に返される。 同時に足元を支えていた【地】の感覚が無くなる。 後は 落ちるだけだ。 夢に重なる 夢 連鎖する 死 更なる 赤 嘲る 音 何度でも迎えに行く 【お前】が存在し続ける限り 堕ち行く感覚…【魔女の末裔】リヒトはその感覚に身を委ね、ただこれから起こる 【彼に纏わる物語】 が、どの様に自分を楽しませてくれるのか それだけを考えていた。 to be next darkness...












































































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